トップページ | 2009年12月 »

2009年11月

うるし塗り入門

11月30日

うるし塗りを習いにいきました。本日始めて、第一回。師は南足柄のN先生。山中のとても素晴らしい雰囲気の工房。木工ろくろの習作が貯まったけれども、塗っていないので、使えるものがありまんでした。そろそろ、自分で作ったものを、自分で使わねばと、漆を習う事を決めたのが夏でしたが、涼しくなるまで待ってとの事で、本日になりました。

ろくろの力強い仕事とは別世界のような、静かで繊細な仕事。沪し紙の折り方から、へらの持ち方、定盤の扱い・・・実に細やかな指導を受けられました。

森で木を伐って、自分で製材し、自分でろくろを引き、自分で、漆まで仕上げて・・・そんな全工程を我が身の中で完成させたいのですが、もう少しです。

かぶれが心配だったけど、今の所、かぶれ症状は出ていません。良かった・・・

しかし、どれも、みんな難しい。まあ、あと数ヶ月したら、地元の木の器で食事ができそうです。

午後は、続けて、ろくろの方へ。ひめしゃらの皮付きの作品をふたつ。ヒバの枝のワインカップをひとつ制作しました。午前漆、午後ろくろ。この順だと、ほこりがつく事はないかもしれません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

市民と市長のまちかどトーク

11月29日、午後ラスカU-meテラスで市民と市長のまちかどトークがあり聞きにいった。テーマは自治基本条例。人通りの多い場で市長との直接対話なので、もっと多くの市民が来られているのか思っていったが、それほどでもない。ちょっと残念。検討委員なので、どんな反応があるのか取材のつもりで参加した。

市長の話が30分。加藤市長は飽きさせるような官僚口調とは違う、自らの言葉での話し手だが、ひと味訴える力が不足している。論旨が箇条書き的で、構成が曖昧だ。ひとつの結論に向かって、論理的構成や文学的構成が足りない。基本理念は正しいのに、市民との間に隙間を作ってしまう。残念だ。

質問続出・・・と言うほどではないが、質問時間を使い切る分量の質問が丁度よく出た。

「オープンスクェアに参加したが、どのように条例に繋がっていくのか不明だ・・」との質問。自分もかなり同感で困っている。もっと、初期から、具体的な条文と直結する形での議論がこのましい。また、意見の集約の方法も分かりにくい。なんとかしないといけない。

そもそも、現時点で、条例が必要なのか・・・そんな意図の質問も多かった。それも頷ける。ある肝心な点が、強く訴えかけられていないためだ。多くの市民の関心は、具体的な現実問題だ。それと高い抽象性をもつ基本条例との、いくつかの段階をスムーズに埋めないといけない。その階梯は、自分には良く分かるつもりだが、これもなんとかしないといけない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

森のなかま・枝打ち

森のなかま、久野丸塚南の枝打ち作業。海抜500メートルはさすが寒い。おひとり新規で見学に来られた方に森の作業の体験と、森のご説明。森のなかまもだんだん人数が増えてきた。

間伐や草刈りは、作業の効果がダイナミックなので速度感があるが、枝打ちは時間を食う地道な作業だ。近くにも、手入れの足りない人工林がずっと広がっている。この人数で、この速度で、この面積・・・小田原の森再生には、どれだけの人と時間がかかるのか。まずは、それを算出しないと目標が立たない。

ヒノキは、スギのように自然に枝が落ちる事はない。丈夫で美しい材なのだが、放置されたら、やっかいな木だ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

マトリックス組織

先のケアタウンの記事に関係して「マトリックス経営」について説明しておきたい。

マトリックス経営(組織)は、縦軸、横軸の命令指揮系統に、ひとつの部課が、複数の上司をもつような組織形態だ。1970年代頃から一時流行したようだが、例えば国際的な複合的企業が、製品別の軸と、地域別の軸をマトリックスに組み合わせてマネジメントしていく。

今小田原市が「地域別担当」を設けようしてしているのは、これに近い所がある。地域というまとまりでの様々なリクエストと、分野別の課題を両方解決していかなくてはならないので、担当者はより総合的な知識が要求される。

地域の生き字引であり、様々な分野のエキスパートでもあると言う人物像が理想型となるわけだから、極めて困難な目標だ。これを個人の資質に完全に求めるのは不可能で、窓口担当者を支える情報提供が不可欠となる。これも一時流行した、ナレッジマネージメントがないと成立しない組織形態だ。

試行例では、失敗例が多い。情報技術が不完全では、理論倒れになったのだろうか。今の時代なら、少し成功の可能性が高くなっているはずだ。縦割り行政の弊害打破の糸口になると思うが、そのための周到な情報戦略を設計できないと成功しない。

それから、マトリックスの結び目にあたる「単位」の設定が、成否を握るだろう。そのために適切な単位設定をするために、「知識の単位学」、「単位」「領域」についての一般理論が組み立てられて、それをバックアップできるようにしたい。

多様な現代的課題を内包し、地域別の単位制も強い小田原での模索が、きっと現代の困難な課題解決の糸口になる気もする。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ケアタウン構想検討委員会傍聴

小田原市のケアタウン構想検討委員会第6回を傍聴した。今までの議論をもとにした事務局の作成した中間報告案が主な議題。2時間の会議時間の中で、案の説明が30分も続くのは、少しもったいない気もするが、公開の場でもあるので仕方がないのか。読めば数分で概要は理解できるが、も少し要点や、行間の意図などを説明したら、傍聴者に面白い。

公式報告は、議事録をみていただく事として、気になった事。今、小田原市のやろうとしている事は、「マトリックス経営」に近い所がある。医療、子育て支援、障がい者福祉、高齢者福祉、環境、地域振興、防災、防犯・・・など分野別の軸と、地域別と言う軸を、複合的に重ね合わせていこうとしている。

これは、所謂「縦割り行政」の弊害を減らす良い取り組みなのだが、やり方が悪いと、現場でかなりのコンフリクトとなり、失敗する事がある。高度な情報戦略や、大きな意識改革が伴わないといけないのだが、そのような覚悟はあるのだろうか。全体の経営手法や、組織改革、知識マネージメントも並行して考慮していくべきだろう。高度な挑戦には、高度な技術が欲しいものだ。

事務局案というのは、どこでも行政用語の文法にしたがって、折角のホットな議論で出た魂の部分がかき消されて、市民には分かりにくくなってしまう。一番良いのは、全市民がこのような委員会などを傍聴して、直接議論を聞く事だが、あり得ない事だろう。せめて、こまめなジャーナリズム活動が、間をとりもって欲しいとも思う。

パブリックコメントをする事も決まったが、少し提出してみようと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

広葉樹の切りたおし

11月28日は神奈川育林隊の作業。本日は茶畑周辺の雑木を伐採した。カシとミズキが茶畑と蜜柑畑の上を覆ってしまって、暗くなりそうな状態。光が差し込む事が農業の基本条件だから、畑の近くの樹木はどこかで伐らないといけない。

広葉樹を伐るのはおっかないと言うかスリルがあると言うか、不確定要素が多くて、どっちに倒れるやら、ヒビがどう入るやら、どう跳ね返るやら・・・無事に済んで良かった。

コナラ、カエデ、カシ、ミズキ、各一本ずつ。直径は最大で40センチ程度。伐る前には、みんなで、どちらに牽くやら、どう伐るやらで、ああだこうだ言ってまとまらないが、一人の仮説を採用して取りかかるしかない。その結果、3本は仮説どおり、きちんと倒れた。一本は、反対に倒れた・・・難しいものなのだ。

コナラとカシは、椎茸のホダ木にするそうだ。ミズキは、頂けるとの事で、ろくろの材料になる事に。少しミカンの収穫もした。今年は、昨年の強剪定のためか実は少ないが、味は良い。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

自治基本条例オープンスクェア

オープンスクェア第6回が開かれた。テーマは「住民投票」。他では、市民の関心が高いと言うことで、多数の参加があるとの予測だったが、開けてみれば今までで一番少ない参加人数のようだった。

班での話し合いでも、小田原は幸せな所で、あまり将来にわたって全市を二分して住民投票になりそうな事案が考えつかない。それよりも、小田原は地域別の特性が強く、地域毎の住民投票で、身近な問題について扱う方が感心を呼ぶ。そんな意見になった。

自治の伝家の宝刀として、常設型の住民投票制度を設けるべきだが、それを使わないで済むような、普段からの細やかな意見収集と調整の方が大切である。そんな方向に自分の班ではなった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

アレルギーの授業

本日の高校生物教師の仕事は、アレルギーについての授業だった。一昔前は、免疫の話題など教科書にはなかったのだが、今は生物Ⅰでも項目になっている。ただ、アレルギーの事などは、生物Ⅱの分野なのだが、図集などには、かなり細かい記述まで参考として記載されるようになっている。今の医療や、自分自身の健康を守る観点からは、免疫学の基礎は必修である気がする。

どうせなので、アレルギーの5分類についても、簡単に取り上げた。とにかく、免疫は複雑な現象である事を理解してもらえれば、目的は果たせる。骨髄移植の事、臓器移植の事、花粉症の事、身近な社会問題も、免疫についての科学的知識があるかどうかで、意見の持ち方も違ってくる。

衛生仮説についても話題提供。これは、ウシの糞などにいる細菌が出すエンドトキシンという物質に幼い頃にさらされると、免疫系のTh1細胞と、Th2細胞のバランスがアレルギーになりにくい体質の方に傾き、結果的には、アレルギーになる子供が少なくなるという仮説である。

もちろん、仮説であり、確実に実証されていない。子供は不衛生なな所で育てた方が丈夫になる・・・みたいな単純化された捉え方をされると困る。疫学的なデーターなどを、きちんと提示して説明しなくてはならないのだが、なかなか困難だ。

不正確な事は伝えたくないが、大切な事は伝えたい。良く資料を集めて、授業はしなくてはいけないが、時間がかかる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

自治基本条例の作業会

自治基本条例検討委員会で、検討会で出された意見をまとめていくための作業会が行われた。模造紙に貼られた、個々の意見を読みとって集約していく作業である。なかなか、難しい。

多様な意見が出ているが、ひとつも無駄にせずに、最終的に条例に結びつけたいとは願うが、分析の方法をどうするか問題である。ひとつひとつ解釈が必要な意見もあり、どうしても解釈者の主観がともなう。参加者による「囲み」も必ずしもうまく括られていないで、外れる意見もあり、再分類も必要だ。

 自分の能力では、コンピューターの助力を得ないと、取り扱いきれない気がする。検索や、並び替えやキーワードによる分類は、今は瞬時にできるから、なんとか良い手法はないだろうか。

うまい手法が確立できれば、苦情処理から始まって、未来像を描くまでの情報処理の手法が確立できそうなものだが。まあ、研究のつもりで、やってみる事にしたい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

生ゴミ堆肥化検討委員会傍聴

生ゴミ堆肥化検討委員会の傍聴をししまた。勉強会の形で議論が進んだようで、意見がまとまって来たようです。家庭内処理、有機物資源としての意識改革などの大筋が合意されて、細部の技術的な議論に進むように受け取りました。

モデル事業の規模も、矮小なものにならずに全市的な方向に進んでいるようです。化学分析も、話題になっていましたので、実現される事を強く期待します。

 気になるのは、剪定枝は、ここでの議論にはなっていないようですが、どうなるのでしょう。自分としては、一番気になる所です。「広域化」の方で取り扱うのでしょうか。出される時は、生ゴミの比ではない分量になるので、なんとかしたい。

「生ゴミはゴミでなく、資源としての有機物との考えへ意識改革を」との委員長の言葉があったが、頼もしい方向性です。

来年度、モデル事業が設定されるようですが、小田原の意識の高さが試される事になるのでしょう。もし、すべての市民が、高度な問題意識をもち、科学的知識と技術の持ち主だったらゴミ問題は、そもそも存在しない。行政の仕事と言うのは、理想からは遠い現況を悪く言えば「尻ぬぐい」する側面もあります。性悪説にたって、人間の不足部分を補うのが行政や国家だと言う理論からすれば、ゴミ行政が必要なのは、個々の市民の意識に頼っていては、町がゴミだらけになるとの前提があるからです。

現実と言うのは、完全な理想からも遠いけど、完全な性悪説からも外れる。中間でもないけど、グレーゾーンのどこかの色合いだと認識するのが賢明な所と常々思っています。どんな色合い堆肥化の試みはになるのでしょうか。

有機物としての意識改革が出来たら、次は、有機物と無機物が変換しながら循環している「生態学的思考」への意識改革がなされる事が次のステップです。

「堆肥化」と言う言葉に捕らわれると、なんでもゴミは「処理」しないといけないといった発想になりがちです。堆肥化も長い歴史の中では、人工的な発明品で、自然な経路ではありません。自然な生態系は、植物体も動物の遺骸も、みんな地表面に落ちて、昆虫に食われる、菌類に分解される、細菌類に分解される、土壌の母岩に吸着される・・・と複雑な過程をへていきます。

完熟堆肥が必要なのは、耕起と農業美学に基づく農法ですが、無耕起栽培や、林業的粗放農業だったら、また違う発想があるかもしれせん。次の、次の段階として、少し、有機物の総合的循環の「一般理論」を構築できたら有意義なのですが・・・

身近な事ですが、ちょつと実験と言う事で、家で、「野菜屑」だけ、植物由来の有機物だけを分別して、表の箱に放置するという実験をしてみました。発酵でなく、「虫」にも関与してもらおうとしたら、ショウジョウバエ大発生。家のあちこちに、飛び交う事になりました。昔実験材料だったので、あまり気にならない自分ですが、マンション暮らしの人なら、気絶するかもしれません。

気がついた事は、生ゴミと言うのは、体積としては、大部分が野菜屑。肉やら、魚やらは、案外と全部胃の中に入ってしまうようで、分別すると少ないようです。人間の栄養バランスと、堆肥化の時の微生物のCN率などは、そんなに違わないはず。可食率、調理の程度、人の食塩などの要求量など、いろいろな要素を総合的に計算したら、「有機物処理」の一般理論ができそうですが、どんなものでしょうか。

どうでも良いけど、次はショウジョウバエに少し黙っていてもらう方法を考えなくては。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

自治基本条例検討委員会第6回

昼間は久しぶりに木工作業。といっても、半分は工房の片付け・・・明日の森の工作のイベントの準備。

夜は、自治基本条例検討委員会の6回目。

全体的な、流れなどは、そのうち出るだろう、議事録をみて頂くとして、自分の発言と、その補足を書いておく。

住民投票については、色々意見があるが、基本的に「伝家の宝刀」。用意はしておいても、むやみに使う者ではない。仕組みは作っておくとしても、その前段階で、一審、二審と進む司法手続きのように段階を踏んで、それでも駄目な時に使うべきだろう。

そのまえに、意見を窓口で言う事からはじまって、監査請求やら、陳情やら、パブリックコメントやら、リコール制度やら、いろいろな段階がある。どこかの段階で、両者が納得したり、創造的前進が生まれるのが一番好ましい。その階段に、あまり段差がないようにシステムを設計するのが大切だ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

丸太を運びと、行財政改革検討委員会傍聴

○ 丸太運び出し
午前中箱根での勤務が終わって小田原への林道は、すっかり雨。みかんもぎに立ち寄ったが、すでに終わっていた。なんだか忙しく、午後は、某社の8トントラックに来てもらって、南足柄まで、樹齢50年の切ったばかりのヒノキをもらいに行った。良さそうな一番玉を選んで、13本ばかり運んでもらつた。さすが土木系の仕事人のユニックさばきと、玉がけ技術で、下に埋もれた傷のないヒノキをトラックに積み込んだ。急に、材が出るとの連絡で、どう製材するか、何をつくるか考えていないのだが、うまく厚板がとれれば、野外用の椅子やらベンチが沢山できそうだ。

○ 行財政改革検討委員会

夜は、市役所での行財政検討委員会を傍聴にいった。顔なじみの方だが全部で3人ほど傍聴者がいた。

本日テーマは、「市民によるモニタリング」。事業仕分け、パブリックコメント、オンブズマン制度、審議会・・・などについて話し合われていた。資料として配付されていた、小田原市の審議会等の一覧表をみて、その多さに驚いた。それぞれに委員への報酬などが出ているはずだから、随分な税金を使っている事になる。もちろん、重要な仕事をされている筈なのだが、どうろう。(自分が所属の検討委員会は、働いている割に、安いかな・・・・脱線だが)

市民によるモニタリングがテーマだが、なかなか論点に迫るのが大変そうだ。市長への手紙、陳情、請求、種々パブリックコメント、意見募集、苦情まで、市民が意見を出す方法は多岐に渡るが、それぞれ所管毎に、ばらばらに行って、統一性がない気がした。

特に、パブリックコメントについては、担当部署毎に、独自の判断で慣例や実情に従って、それぞれ行っていて、しかも、それを担保する条例や規定はないとの事だった。自治基本条例で、市民意見のあり方について、すぐにでも規定を考えるべきではないたろうか

 モニタリング、情報公開、市民による監査、苦情処理、市民提案、合意形成過程、行政情報の広報・・さまざまな機能と、様々な手法が入り乱れて、ごちゃごちゃになって進んでいる気がする。

このような場合「一般理論」の不足が、論議を錯綜させる。この種の議論での一般理論になりうるのは、「情報学」なのではないだろうか。パブリックコメント、議会・議員活動、選挙、苦情、広報、説明会・・・すべて、情報の行き来の問題だ。個々の現場の固有情報と、一般理論、知識データーベースとの情報交流のシステム工学のような形で、総合的に分析して、最小のエネルギーで、必要な情報が必要な所に行き渡るシステムを一般論として構築しない限り、面倒な問題は解決しそうにない。

「教育」という視点で、パブリックコメントから、苦情処理まで捉えてしまう視点もありだろう。苦情処理の中には、社会的知識の欠如しているための苦情に、生涯教育の形での「教育」をしているなんて見方もできる。市役所に苦情を言いつつ、社会勉強をしている・・・なんてのもあるのだろう。逆に、市民側が、高度な知識や情報をもっている場合は、市民意見の形で、行政マンが学習会をしているなんて事もあるだろう。なにが、知識の発信源で、どこが需要側か、知識の流れの視点で分析して整理する事も面白いかも知れない。

審議会の分類について議論されていたが、

 市民からの監視体制として審議会等
 専門知識による判断を必要とする場としての審議会等
 公開での中立的裁定のような合意形成の場としての審議会等
 アイデアを出し合う創造的話し合いの場としての審議会・検討委員会

など、情報の扱い方として、分類するのはどうたろうかと思った。

とにかく、必要なのは、「一般理論」だろう。

○ 知識の座標と空間

もう一つ気になったのは、どのような審議会を作るか、またどんな項目についてパブリックコメントを求めるか、基準がなく、担当部署での恣意による面が多いと言う事だ。審議会をつくってしまえば、その方法論は精緻なモデルがあるので、細かすぎるほどに進んでいくが、それが作られなげば、かなり粗雑な手法で事が進むのだろう。つまり、どの分野に、市民参加を求め、どの分野には専門知識を求めるか、分野設定と、その手法設定の、間に理論的な必然性がない事だろう。これをきちんと埋めるには、知識情報の座標系、「空間」の設定が必要なのだろう。それを出している理論家は、あまりいないように思える。その理論が出来る時が、本当の意味での「行政改革」の出発になるのだろう。

2時間の委員会を筆記しながら傍聴して、頭を動かしたら、こんな結果が出てきた。


 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

環境再生プロジェクト検討委員会6回目

小田原市環境再生プロジェクト検討委員会の第6回目が開かれた。回数も重ねて、予めワーキングも非公式に行ってきたので、かなり議論がかみあうようになってきた。

自分が発言しなくても、誰かが概ね自分の言いたい事も言ってくれるようになって来たので、賛成討論で済むようになって来て安心した。

前回の委員会での大切な決定事項は、モデル事業を公募する事だった。今回の会議では、その具体的な要項の概要が話し合われた。応募を選ぶ課程が何となく審査的だったので、公開でワークショップ的に行うように再度提案した。概ね了解されて、少しソフトムードで来る者拒まず的な方向性になった事は良かった。

市外の応募者も、市内を活動地にすれば応募可との提案は、受け入れられなかったが、確かに最初から市外応募者も認めるのは、急すぎるかも知れない。体制堅めが出来たら、将来は小田原の地を様々な活動の地にしてもらえるコーディネートが出来る事が望ましい。ただ、支援者側として、何らかの形で、市外の諸組織に力を貸してもらえる体制づくりは、プロジェクト成功のために重要だ。

どんどん話を広げているので、確かに来年はみんな忙しくなりそうだ。でも、ここが忙しくなる事は、小田原の環境が少しでも良い方向に向かう事なのだろう。

事のレベルを下げない、狭くならず、出来る限り広くしていくのが、様々な討論の場での、自分の働きだと思っている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ホットピュアさがみさんイベント

先日小田原市環境ボランティア協会の会合でお知り合いになった今井さんよりイベントのお知らせがありました。ご紹介します。

地球環境と水・健康フォーラム 新嘗祭(にいなめさい)2009
開催日時:平成21年11月23日(祝) 10時〜16時
会場:尊徳記念館       
         プログラム
司会:今井 ヤイ子
第一部 10:00〜12:30 
◆主催者あいさつ    ホットピュアさがみ代表:今井 ヤイ子
◆新嘗祭祝詞奏上                今井 華珠良
◆講演    「新嘗祭の意味するもの」 
        食といのち〜日と火と水と神〜
            人間科学研究所所長:米田 晃
☆◆里からの声 「自然農法に生きる」
          ☆田中 大樹
◆メッセージ映像 「ありがとう地球」(8分)
◆収穫をいただく(昼食)
◆エコ生活体験発表  HPS会員他:小林富幸・古谷初子・菅野ひろみ
       ———  休憩(30分) ———  
第二部 13:00〜14:50  
◆映画解説 映画提供&解説:米田 晃(人間科学研究所所長)
◆映画上映「WATER」(1時間30分)
      〜映画「ウォーター」に見る水の真実〜
———  休憩(10分) ———
第三部 15:00〜15:50 
    ☆◆海からの声「小田原の海に生きる」 
   ☆小田原 海生
◆エコ生活のすすめ 質疑応答&懇談                                             
開催日時:平成21年11月23日(祝) 10時〜16時
会場:尊徳記念館 小田原市栢山2065-1 電話0465-36-2381       

—21世紀の子供と地球のための環境意識コミュニケーション—
【主催】ホットピュアさがみ【協力】人間科学研究所
ホットピュアさがみ 電話&fax:0465-37-2675

「2009.pdf」をダウンロード

| | コメント (0) | トラックバック (0)

KJ法(もどき)の害

小田原でトライフォーラムを初めとして、オープンスクェアや小さな会合でポストイットと模造紙を使って意見を出し合う方法が使われている。KJ法とか言う人もいるが、もちろんKJ法にはなっていない。

なんと言う方法なのか不明だが、個々の意見を書いて貼りだして似たものを集めて貼って、マーカーで囲んでタイトルをつける方法だが、何をやっているのか、かなりおかしい。

同じものとして括られた意見も、良くみて見ると全く違う分類になるべきものだったりする。この段階で、せっかくの意見が消えてしまう。そして、それを発表する段階でも、まとめ役の理解力の限界を超えるものはフィルターにかかってしまい消えてしまう。特に、「重層的な複文構造」をした意見は消えてしまう。

全体として意見を集約して大きな結論を導く方法とはならずに、みんなで話し合ったアリバイ作りみたいな事になってしまう。大切な事は、別の所で決められて、「みなさんの有意義な意見によって決まりました・・・」との形になってしまう。これは、かなり深刻な害ではないだろうか。

KJ法は、かなり難しい。専門訓練をした者が、かなり限られた範囲の経営的問題を解くために考案されている。島と島を線で結ぶ段階で、きちんとした「接続詞」を使わないといけない。もともとこのような図示の方法は、名詞だけを言い合うような議論に、「接続詞」と「論理」を持ち込むための方法である。

まだ論理ともなっていないおぼろげな意見や感情を出し合う方法としては、また別の方法がある気がする。言えるけど、文字にする事は不得意な人も含む会合では、完全な聞き手としての書記を選んで、書き取りをして、また論理の専門家としてのコーディネーターが意見を繋いでいくシステムをとらないと意見は大きな方向に紡がれていかない。

みんなが、言いたい事を言うだけでなく、接続詞を使って「議論」をして、論理的構築により大きな合意形成が出来るようになるには、少しみんなで訓練をしないといけない気がする。力ないものが、力あるものに対する唯一の武器は論理であると言われる。何か、良い方法をみつけなくては・・・


(注) 重層的な複文構造 

  例 民生委員など法律にも規定のある公的な立場の人で個人情報の守秘義務があるゆえに、気楽に相談ができるので、公的立場のない近隣関係での福祉ボランティアには限界があるので、私的な領域の地域コミュニティ作りと、公的な立場での支援活動などをきちんと区分してた上で、公的な立場は準公務員的な働きをしているのだから、もっとそれなりの公的な報酬を充てて身分を保障していきつつ、同時に私的な領域のコミュニティ作りをする活動は、地域の枠から離れても自由な意思にもとづいた問題別の繋がりも自由に形成して行くのが好ましく、そのためには公と私の領域を区分する規定などが作られ、周知される事が大切である。・・・・
 
こんな意見は、今の方法では、個人情報の事、報酬を上げる、自由な繋がり・・・みたいな言葉の破片にされてしまい、別の理屈に組み上げられたりしてしまいます。

参考 http://www.crew.sfc.keio.ac.jp/lecture/kj/kj.html

| | コメント (0) | トラックバック (0)

メディアリテラシー

「リテラシー」は、識字とか読み書き能力とか訳される言葉である。もともと、読み書きの出来ない社会階層の多い国での社会運動の中で使われてきた。識字能力が社会的差別や貧富の差の大きな要因になっているからである。

近年では、コンピューターリテラシー、ヘルスリテラシー、科学技術リテラシー・・・・と様々な概念を派生させている。

社会的大問題は置くとして、メディアリテラシーは、身近な所でかなり人との壁を作っている。コンピューターを使える層と、そうでない層との隔絶が言われて来たが、最近はさらに、PC族、携帯族、FAX派、電話派、郵送派・・から玄関をたたいてお茶飲み派・・・まで、細分されつつある。

同じデジタル派の中でも、携帯派とPC派も断絶ぎみである。どちらも、同じくキーを操作して情報を発するのだが、どうもかみあわない。両手でのキー操作と、親指一本の操作の違いもあるが、生活様式の違いも大きい。

自分は、PC族である。携帯メールはほとんど使わない。PCに入ってくる情報なら、どんなに多くても、長文でも、整理して処理する事が容易な環境を作っている。でも、忘れ物の多い自分は、携帯が押し入れで鳴っている事が多いし、電話も不在が多い。

サラリーマンで、家にいるのは寝ているときだけ・・・・なんて人には、携帯が世界との繋がりの入り口になる。電車一駅分の数分の時間が書込の容量かもしれない。

様々な会を運営したり、参加すると、メディアリテラシーの壁は大きい。みんなで統一的な「広場」を形成しようと思っても、ちょっとしたスキルの躓きや、メディアへのアクセスの違いが意思の疎通の分列をまねく。それがやがて「知らないうちに、勝手に進んでいる・・」という感覚をうんで、組織が分裂してしまったりしかねない。


当分は、違うメディアの間の繋ぎ手「インタープリター」が必要なのだろう。こまめにメーリングリスト内容を印刷してFAXや郵送で流す係とか、意見を聞き取りしてデジタル化する役目とかが必要なのだろう。

メールのおかげで、財力のない極小市民団体が、それなりに活動できるようになった。この利点と、おきざりされる層との繋がりをいかに保つがが、身近で大きな問題のようだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

グループホームの畑の手入れ

昨日は、午後より、横浜のグループホームの畑の手入れをしました。

月に一度程度しか行けないので、今季は無耕起栽培にしました。ナスとかピーマンの残りも引き抜かずに、茎を切るだけで根はそのまま。葉っぱが敷いてある所にかなり乱暴な蒔き方でホウレンソウと春菊を蒔きました。終わった頃、都合良く雨が降り始めました。

 施設長さんが、別の施設に転勤との事で、ご挨拶も兼ねて手入れにいったのですが、色々お話する中で転勤先のグループホームにも、お手伝いにいく事になり、そちらも見学に行きました。大きな畑などはないけれども、植木や小さな花壇などはあり、何かできそうです。近くの方で、手入れのボランティアをしてくれる方が現れれば良いのですが・・・

入居者の大正生まれのご婦人と東京神田界隈について話し込みました。「学生さんの学生帽が喫茶店に並んでいた。親戚の古本屋で働いていた。鈴蘭通りの賑わい・・・社交ダンスの事・・・」古い記憶は鮮明です。大正や昭和初期生まれの方って案外とモダンなんです。おばあちゃんだから、唱歌やら民謡やら演歌・・・とか連想したら大間違い。ジャズやクラシックや印象派の絵とかを生涯の伴侶にして来た方も少なくないです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

山王海岸

Sanno1

| | コメント (0) | トラックバック (0)

環境再生プロジェクト検討委員会の勉強会でした。

本日は、環境再生検討委員会の勉強会でした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

トップページ | 2009年12月 »