« グループホームの畑の手入れ | トップページ | KJ法(もどき)の害 »

メディアリテラシー

「リテラシー」は、識字とか読み書き能力とか訳される言葉である。もともと、読み書きの出来ない社会階層の多い国での社会運動の中で使われてきた。識字能力が社会的差別や貧富の差の大きな要因になっているからである。

近年では、コンピューターリテラシー、ヘルスリテラシー、科学技術リテラシー・・・・と様々な概念を派生させている。

社会的大問題は置くとして、メディアリテラシーは、身近な所でかなり人との壁を作っている。コンピューターを使える層と、そうでない層との隔絶が言われて来たが、最近はさらに、PC族、携帯族、FAX派、電話派、郵送派・・から玄関をたたいてお茶飲み派・・・まで、細分されつつある。

同じデジタル派の中でも、携帯派とPC派も断絶ぎみである。どちらも、同じくキーを操作して情報を発するのだが、どうもかみあわない。両手でのキー操作と、親指一本の操作の違いもあるが、生活様式の違いも大きい。

自分は、PC族である。携帯メールはほとんど使わない。PCに入ってくる情報なら、どんなに多くても、長文でも、整理して処理する事が容易な環境を作っている。でも、忘れ物の多い自分は、携帯が押し入れで鳴っている事が多いし、電話も不在が多い。

サラリーマンで、家にいるのは寝ているときだけ・・・・なんて人には、携帯が世界との繋がりの入り口になる。電車一駅分の数分の時間が書込の容量かもしれない。

様々な会を運営したり、参加すると、メディアリテラシーの壁は大きい。みんなで統一的な「広場」を形成しようと思っても、ちょっとしたスキルの躓きや、メディアへのアクセスの違いが意思の疎通の分列をまねく。それがやがて「知らないうちに、勝手に進んでいる・・」という感覚をうんで、組織が分裂してしまったりしかねない。


当分は、違うメディアの間の繋ぎ手「インタープリター」が必要なのだろう。こまめにメーリングリスト内容を印刷してFAXや郵送で流す係とか、意見を聞き取りしてデジタル化する役目とかが必要なのだろう。

メールのおかげで、財力のない極小市民団体が、それなりに活動できるようになった。この利点と、おきざりされる層との繋がりをいかに保つがが、身近で大きな問題のようだ。

|

« グループホームの畑の手入れ | トップページ | KJ法(もどき)の害 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1294301/32209108

この記事へのトラックバック一覧です: メディアリテラシー:

« グループホームの畑の手入れ | トップページ | KJ法(もどき)の害 »