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2010年1月

足柄幹線林道のゴミ

足柄幹線林道は、小田原市久野から箱根町宮城野に通じる林道である。林道なので、一応林業関係者が利用する事にはなっているが、殆どは一般車が通行する。小田原の山沿い側から、宮城野・強羅方面にいくには、一番近い道となる。通勤や、箱根への流通運搬に、交通量は少なくない。

ここが、とてもゴミの散乱が目立つ。特に、塔の峰入り口の峠から小田原側がひどい。12月だったか、強羅から来た時に、林道ぞいを沢山の方が、一斉清掃されていた。強羅付近の清掃も行われていたので、多分箱根の方々が、一斉に清掃されたのだと思う。
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区分上は、小田原市になる。それでも、宮城野からの良い観光ルートなるので、箱根の方達が清掃されているのだと思う。行政区分など知らなければ、峠までは、なんとなく箱根町、そこから小田原になるように思われるだろう。

きれいになっている「箱根側」に較べて、峠を越えた「小田原側」は、ほとんど清掃されていないので、小田原に来たら、急に汚くなったと言う印象になるだろう。

林道沿いは、不法投棄も多い。道の目立つ所に堂々と大きな冷蔵庫やら、家財道具やら投棄されている。もちろん、ペットボトルや、弁当の包みや、紙くずやら、目立つ。よく見ると、森の中まで散っている。
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森や畑にゴミが捨てられるのは、大変困る事だ。作業の時に、巻き込んだりする。また、少し風化して細かくなったプラスチックは、生き物にとっては、とても危険なものだ。森や畑なぞ、どうでも良いゴミ箱・・・そんな感覚なのだろう。手入れをする人間にとっては、食卓の上以上に大切にしないといけない場所である。

不法投棄防止は、粘り強い清掃を続けるしかない。小田原側で、組織的に継続して清掃をする事が必要だ。

3月14日(日)に環境ボランティア協会主催で、森のイベントとともに、足柄幹線林道の清掃をする。是非参加して頂けれぱと思う。


   久野の森を心地よくしよう

主催 小田原市環境ボランティア協会
企画 森のなかま
日時 3月14日(日)雨天決行
場所 塔の峰青少年の家 および周辺の森
内容 10時〜12時 枝打ち体験 森の話
   同時進行  足柄幹線林道のゴミ拾い
   12時〜13時 昼食 豚汁を用意します
   13時〜14時30分 交流会など(詳細未定)
後援 小田原市 (環境政策課) 小田原市教育委員会予定
   その他協力依頼中

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無尽蔵エコシティ+行財政改革検討委員会傍聴

1月21日

小田原市無尽蔵プロジェクトエコシティ部門の見学ツアーに参加。


夜は、行財政改革検討委員会の傍聴に

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木工ろくろ

1月11日

一日、木工ろくろの先生の所で、ろくろ作業。ヒノキの小椀ふたつと、ヒメシャラの器ひとつ完成。あとは、ミズキの壺の粗挽き。

ヒノキは最近は、乾燥しないで、直接ろくろをびきをして、仕上げてしまっている。こうしないと、どうもヒビが入ってしまいがちだ。乾かさないで、ひいてしまうと、変形してしまう可能性がある。そこらが難しい。思い切って、生の木で一挙に作っておいてみる。どうなるか。

ヒメシャラは、良い木だ。ほとんど、狂いがなく、割れもない。表面が美しく、輝きが出る。なかなか手に入らないが、良いものができる。

ミズキは、割れやすいので、中を先にくり抜く、粗挽き作業。

木は乾燥法ですべて決まる。難しいものだ。

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森のなかま・枝打ち

1月10日 日曜日

森のなかまの枝打ち作業

午前中、森のなかまの久野丸塚南の枝打ち作業。人数13人。

お昼は石狩鍋をやった。ちょっと温かいものが出るだけで、作業は楽しくなる。

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シンポジウム「地方分権と政策法務」

1月8日

関東大学小田原キャンパスで行われた「地方分権と政策法務」シンポジウムに参加してきた。

基調講演 「地方分権の今後の展望」 益田寛也

鼎談  「神奈川発 地域主権」
    加藤憲一 小田原市長
    小林常良 厚木市長
    出石 稔  関東学院法学部
パネルトーク
    「新政権誕生〜第二次分権改革・政策法務のゆくえ」
    北村 喜宣 山口 道昭  磯崎初仁 出石稔  司会 野本優子

内容を要約して記事にする力もないので、ふと気付かされて事をいくつか記しておきたい。

増田氏の基調講演では、地方議会の質の向上をウェイトを置いていた。行政権の分権化だけでなく、立法権の分権化を進め、地方議会が質の高い政治の場になりうるかが要となるとの論だった。現状を考えれば、一番難しい課題で、一番時間がかかりそうだ。

分権は手段に過ぎず、多様な社会実験と政策競争が要となる。そのため良い事ばかりでなく、分権が時にはマイナスに働く事もある事を踏まえて、長い目で分権を進めなくてはならないとの論は高い視点にたっていると思う。

市長お二人の鼎談は、政策のPRから、自治基本条例制定作業の紹介などから首長の個性と言うものを感じ取れた。加藤市長は、分権というより、「地域主義」に主軸を感じさせるものだった。

パネルトークでは、開成町の露木町長も客席から加わって、様々な分権と地域主義について、現在の動向が把握できるものだった。

気になった論点と言えば、「条例制定権と上書き権」などの用語だ。自治基本条例ひとつ、とっても大きな視点では、きわめて微妙な立ち位置にある「社会的実験」であるようだ。

自治基本条例などの試みを、知識哲学、情報論などの視点で、相対的にとらえて、立ち位置にあった、丁度良いもの作っておかないと、歴史の中で無意味な遺産になりかねない。より高い知識社会への橋は渡しをする一里塚程度に考えた方がよいのだろうか。

聞き取り能力ない私のような者にも、地方分権の大きな動向を、つかませてくれる催しだった。


    

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自治基本条例第9回検討委員会

1月8日

自治基本条例検討委員会第9回がおこなわれた。本日は、議論ではなく、班ごとに分かれてのオープンスクェア資料からのまとめ作業。

傍聴者は、今回はおひとりも無かった。

しかし、難しかった。オープンスクエアでのすべての意見をひとつも捨てる事なく、「構造を取り出す」事にしたいのだが、高度な論理的操作と、構造論的手法が必要なのだが、そのような視点は皆無なようだ。

少し、原理論、抽象論、そもそも論の所で議論しないと、自分の思考は伝わらないようだ。

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自治基本条例検討委員会のお知らせ

小田原市自治基本条例第9会検討委員会開催

次の日程で自治基本条例検討委員会があります。よろしければ傍聴ください。

 1月8日金曜日 19時〜21時
 市役所301会議室

今回は、今までのオープンスクェアのまとめ作業します。班に分かれての作業が主になります。

「オープンスクェアに参加して、その内容がどのように条例に反映されていくのか疑問だ・・」との思いをお持ちの方には、意見がどう扱われるか理解していただけると思います。

【自治基本条例について】

自治基本条例は「自治体の憲法」とも言われ、行政、議会、市民団体、情報公開等、自治体の基本を定める条例です。他のすべての条例が、この基本条例の下に作られていく事なる礎となる決まりです。

また「地方の時代」として、地方分権、また「持続可能な市民自治のまち」として地域内循環、地域主義を育てていく礎ともなりうる条例制定です。

今小田原市では、地域コミュニティ、ケアタウン構想、生ゴミ堆肥化、行財政改革、環境再生プロジェクト、等の課題別検討委員会の検討が進んでいます。市民協同でまちづくりを進めていくことが基本の流れですが、それらをまとめ上げて方向付けるのが自治基本条例となるはずです。

、他の委員会に較べて、具体的な問題から離れて、抽象的な内容に思われるのか、いまひとつ市民のみなさんの感心となっていない状況です。

制定されれば、それがどれほど重要なものであるか理解されると思います。

「知らないうちに、そんな重要な事がいつ決まった ?」・・・そんな事にならないように、是非みなさんに興味をもって頂ければと思います。


市のHPに今までの会議録などが掲載されています。ご覧ください。

小田原市自治基本条例のページ

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国際二宮尊徳思想学会

1月5日

店舗や事務所が、業務を開始し始めたので、本日は一日、諸手続やらをこなした。

そのひとつ、報徳博物館にいって「国際二宮尊徳思想学会」の入会手続きをしてきた。年末にどんな資料が利用できるか伺った所、論文集を個別に提供して頂くより、学会の入会手続きをした方が便利なのでは・・と言われて、入会する事にしていた手続きだ。

博物館の近くに住んでいたのだが、このような研究会があるのを今まで知らなかったのは惜しかった。二宮金次郎に関しては、いろいろな講座もあるが、本格的な研究成果の情報が得られるのは少なく、書物で勉強するしかなかった。

自分は、思想家のエピソードとか、来歴とかあまり興味がわかない。それよりも、その人の「思想の核心」に直裁に接したいと思う。その人が、「生涯をかけてひとつだけ言いたかった事」、そこから生涯の行動のすべてが湧き出す泉のような核心に触れたい・・いつも、そう思う。

伝記や、遺訓などをありがたがって遠巻きに尊敬するみたいに扱うのは、思想家に対しては一番の非礼であると思っている。天才的思想家は、同時代に理解者には恵り会えない。先進的故に当然なのだろうが、時代とともに思想の基盤の進化の流れにあずかる後代の自分達には、、それが直裁に可能なのかも知れない。

思想家にとって一番嬉しいのは、その思想の奥義が後代の人々によって理解され、そして、その時代の現実問題解決のために用いられることだろう。

様々な思想家の究極の奥義に直裁に触れたいと思う。膨大な文献の海に埋没するよりも、現実問題と格闘する現場での感覚で接する事により、却って近道が与えられるのではないか。そんな気がしている。

尊徳関係の資料をもう少し集める年になりそうだ。

○ ついでと言っては怒られるが、報徳神社にいってきた。正月5日で、参拝客も少なくない。各種参拝グッズは、どこも同じだが、「分度湯飲み」と言うのが、報徳神社らしい。湯飲みの中と底がサイホンの管で繋がっていて、満杯にしようとすると下から出てしまうというものだ。分度の考えを現物で示すと言う事なのだが、「果て、どうやって焼き物として作ったのか・・?」と、制作方法についてすぐに思いが行ってしまった。

神社仏閣などにいくと、様々なお土産的グッズがある。記念品的なものを手に入れる事はないが、大抵関連の書物や教典や冊子などを入手して来る事が多い。道歌集を一冊いただく。

ここでも御札と並んで、尊徳関係の書物があった。博物館でなく、お正月の扱いに、斎藤清一著、「円相図でみ二宮尊徳の思想」まであるのは、とても良い。報徳博物館の方では常時扱っているので、一度は目を通して欲しい冊子だ。


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○ 記念館では、有名人の絵馬の展示をしていた。誰もが知っているような有名人のなかなか良い絵や書が絵馬にされている。オークションのシステムになっているようで、値段をつけて投票しておくと、一番高値の人に落札れて、チャリティに託されるようだ。それぞれのファンなら欲しいような絵馬がたくさんあった。絵馬も芸術の分野になるのだろうか。

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好きな歴史上の日本人

私の好きな歴史上の日本人は3人いる。一人は平賀源内(1728-1780)。二人目は二宮金次郎(1787-1856)。三人目は大村益次郎(1824-1869)である。

平賀は本草学者・蘭学者と言う事になっているが、簡単に括れない多様な才能の持ち主であった。今で言えば発明家、広告屋、なんでも作家・・と言った所だろうか。

二宮金次郎は、農政家、思想家と評価されているが、経営コンサルタント、行政官とみなす事ができる。自分としては、先進的思想家としての金治郎がその本質だと考えている。

大村益次郎は、医師、兵学者、西洋学者とされている。今で言えば有能な医師が軍隊の創設者となったようなものだ。オペレーションリサーチにあたるような合理的思考で、明治という狂気に形を与えたと言えば良いのだろうか。

3人の共通点は「実務家」である事だ。思想や言葉だけの世界に生きたのではなく、最後まで実務と「物」を動かす仕事人だった。また、一言で括れない「多様な才能」「博物学的知識」の実践者だった事だ。

実務主義と、博物学的知識・・・その二つがそろう思想家である事が自分が好きな理由だ。深く先進的な合理的思想と、実務的能力を兼ね備えた人物は、歴史のなかでも希である。多分、今の世界に一番欲しい人材だろう。

3人とも、時の社会ののトップに立つ事はなかった。それぞれ庇護者となる政治家の下に、その才能を発揮した。そして、それぞれ、その思想の高さ故に、時代に理解される事はなく、当時の社会とは何らかのコンフリクトを生じた。だが世の理解とは別に、後世に残したものは大きい。

三人とも「天才」ではないと私は思っている。思想的天才になりうる資質を実務と社会との関わりに配分したので、天才になり得なかった、「地上で働いた天才」である。

高みに届く天才も、人々の尊敬をひたすら集めるカリスマも、希有だが、それだけでは世は動かない。そのような天才の近くで働いた「実務家」の存在で現実社会の基礎がつくられていく。

大村益次郎を「花神」(花咲かじいさん)と評したのは、司馬遼太郎だが、現代の「花神」となりうるのは誰だろう。ひとりの人物に期待する時代ではない、普通の市民が思想と実務を兼ね備えた、3人の「地上の天才」に近づくしかない気がする。

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小田原の山王海岸の群落を保全しよう

1月1日

強風で体感温度が極めて低い一日。山王川と酒匂川の間、東町先の山王海岸のコウボムギ群落を見に行った。
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ここは、小田原の海岸で、唯一海岸植物の群落が残されている。コウボムギが中心だが、西湘バイパスが作られる前はツルナ、シャリンバイ、ハマエンドウ、ハマボウフウ、ハマヒルガオ、カモノハシ、ハマスゲなどが繁殖していた。(小田原の植物 教育研究所編)

小田原の海岸もどんどん浸食が進んでしまい、かつての風景はない。以前住んでいた御幸が浜の近くでも、台風のたびに海岸の様子が変わってしまうほど砂浜が後退している。酒匂川に取水堰が出来たのが大きいといわれるが、いつの日か小田原の海岸風景を取り戻したいものだ。

そんな時に、大切なのは、地域固有の遺伝資源である。同じコウボムギでも、多分三浦半島のものとは誓うかもしれない。植生を再生するには、一番近くの固有遺伝子をもつ植物を、自然な形で増殖させていく事だ。ここの植物群落が途絶えたら、本当の意味での小田原の海岸再生は永遠に出来なくなる。

コウボムギも冬は茶色になって、根だけが頑張っている。砂が飛ばされて、根が見えている所があったが、根の深さを見てもらいたい。海岸植物はこの程度の頑強さがないと、生きていけない。

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ここを条例による保護地域にして、様々な対策をするべきだ。ただ、今は「それ以前・・」の状態だ。

とにかくゴミだらけ。冬は草が枯れて、良くゴミの様子が分かる。これでも地域の方やボランティアの方や美化財団によって清掃はされている。しかし、追いついていない。西湘バイパスの車から容易にゴミが捨てられる状態だからだ。

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アカマツの群落もある。しかし、林床はゴミだらけ。それもプラスチックが風化して、細かくなって散乱していっている。こうなると砂に混ざって、除去がとてもやっかいだ。細かくなる前にゴミは清掃しないといけない。細かくなったプラスチックは野鳥や野生動物には危険な存在だ。
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こんな所にも外来植物の進入が進んでいる。中には、人による植栽もあるようだ。あまり、保護地域とかとして囲い込んだり、標識を立てたりするのは好ましくないと思っている。それより地域の人達の理解と細心な思い保全されていくのが一番良い。でも、今の状況では、ある程度強力に保護の姿勢を見せた方が良いのかも知れない。

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まずは、徹底的なゴミの除去から始めないと。でも、のべ数千人の手が必要そうだ。一度の行事でなく、毎日少しずつ続ける活動が好ましい。時々は植生調査とゴミ拾いに行きたいが・・・

酒匂川河口はいつも海鳥がいっぱいだ。海面はすべてを隠して、美しい風景だが、海底や海岸の砂の中に細かくなったゴミ成分が散逸しているのだろうか。


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