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好きな歴史上の日本人

私の好きな歴史上の日本人は3人いる。一人は平賀源内(1728-1780)。二人目は二宮金次郎(1787-1856)。三人目は大村益次郎(1824-1869)である。

平賀は本草学者・蘭学者と言う事になっているが、簡単に括れない多様な才能の持ち主であった。今で言えば発明家、広告屋、なんでも作家・・と言った所だろうか。

二宮金次郎は、農政家、思想家と評価されているが、経営コンサルタント、行政官とみなす事ができる。自分としては、先進的思想家としての金治郎がその本質だと考えている。

大村益次郎は、医師、兵学者、西洋学者とされている。今で言えば有能な医師が軍隊の創設者となったようなものだ。オペレーションリサーチにあたるような合理的思考で、明治という狂気に形を与えたと言えば良いのだろうか。

3人の共通点は「実務家」である事だ。思想や言葉だけの世界に生きたのではなく、最後まで実務と「物」を動かす仕事人だった。また、一言で括れない「多様な才能」「博物学的知識」の実践者だった事だ。

実務主義と、博物学的知識・・・その二つがそろう思想家である事が自分が好きな理由だ。深く先進的な合理的思想と、実務的能力を兼ね備えた人物は、歴史のなかでも希である。多分、今の世界に一番欲しい人材だろう。

3人とも、時の社会ののトップに立つ事はなかった。それぞれ庇護者となる政治家の下に、その才能を発揮した。そして、それぞれ、その思想の高さ故に、時代に理解される事はなく、当時の社会とは何らかのコンフリクトを生じた。だが世の理解とは別に、後世に残したものは大きい。

三人とも「天才」ではないと私は思っている。思想的天才になりうる資質を実務と社会との関わりに配分したので、天才になり得なかった、「地上で働いた天才」である。

高みに届く天才も、人々の尊敬をひたすら集めるカリスマも、希有だが、それだけでは世は動かない。そのような天才の近くで働いた「実務家」の存在で現実社会の基礎がつくられていく。

大村益次郎を「花神」(花咲かじいさん)と評したのは、司馬遼太郎だが、現代の「花神」となりうるのは誰だろう。ひとりの人物に期待する時代ではない、普通の市民が思想と実務を兼ね備えた、3人の「地上の天才」に近づくしかない気がする。

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