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山本理顕 地域社会圏

山本理顕氏がNHKのエル・ムンドに出演して、震災復興のための仮設住宅への提案をしていたのを見ました。

「仮設住宅などでは、プライバシーを重んじて、入り口が向かい合わないように配置する事が多い。これは人と人との交流を妨げて、コミュニティーとしての生き方を阻害してしまう。互いの生活がある程度、見えるような作り方や、共有空間「広場」をも配置しておくべきだ。」・・・こんな概要でした。

確かに、一律的に建設されるプレハブ住宅・・は、人の暮らしについて、あまり考慮していない建物です。それを改良するプランは、一歩前進でしょう。

山本理顕氏のこんなプランも「地域社会圏」という考え方から出ているようです。「一家族・一住宅」と言う住み方は近代のもので、古くは様々な社会単位での住み方があった。これからは、新たな地域社会圏という単位で建築を考え作っていかないといけない・・・」そんな概要です。地域社会圏という考え方
同2

貴重な論で、汲み取るべき事項は少なくありません。しかし、欠落している大きな視点があるように感じます。

まず、一律的プレハブ住宅も、対面型の地域社会圏的住宅も、「建築家あるいは都市計画担当が社会の在り方を決めようとする」点では同じ地平にあります。

建築家は、いつから建築の技術者・職人から、人々の生き方まで支配しようとする政治家になってしまったのでしょうか。

住み方・・・生き方・・・は住民そのものが決めるべきことでしょう。そして個々に異なるものです。

隣人と隔てのない長屋生活をしたい人もいるでしょう。高度にプライバシーを守りたい生き方もあるでしょう。時代は「多様化」の時代です。そして生き方も、ひとりの生活史をみても変化していくものです。若い時代に閉鎖的な生き方をしていても、年齢とともに交わりを重視する生き方に変わるかもしれません。その反対もありえます。仲良くなったり、喧嘩をしたり、家族でないものが家族になったり、その反対の動きがあったり、人の暮らしは流動的に気まぐれなものです。


安易な相対主義に陥りたくはないですが、外的に人の生き方を規定する社会システムから、内的な実存を模索してきたのが近現代の潮流です。これからは、多様性の時代、そして「多様性の多様性」の時代になるはずです。

このレベルでの思考が地域社会圏構想には抜けている気がします。多様性への対応を技術者として取り組むのが建築家の役目だと私は考えています。


仮設住宅に住むであろう人々は、多様な生き方をもっていると思います。その生き方の多様性や、時間的変化に対応できるように、自由に、気楽に入り口や窓の位置や、間取りや、建物そのもの・・・でさえ、フレキシブルに、変えていけるような、建築モジュール、部品を発明する方がどれほど人々に喜ばれるか。


何よりも人は自己決定権を行使できた時に、最大の努力を自らするものです。例は悪いかも知れませんが、戦後のバラック・・などは、それなりに自らの決定で建築をしたものでしょう。

山本理顕氏の城下町ホールの設計が小田原の多くの市民に拒否をされ、説明会でも、氏は「広場の思想など深い所での理解をされずに残念である・・」との事でした。ホールの奇抜さや使い勝手の問題などの問題でなく、市民の自己決定権という点で、好ましくなかった。

さらに、多様性の多様性という視点が欠けていた事が決定的な深層での要因だったのではないでしょうか。多様性の多様性とは、時代が封建時代から近代に置き換わるとか、家族主義や個の時代から地域社会圏のような時代に変わっていくとか、そんな歴史観ではない時代にこれからなっていくとの視点です。

これからは、古代や封建時代の生き方と近代の生き方、さらに超個人主義や、画一主義社会や、市民社会や、生き方の括りそのものが多様化していく時代になると私は考えます。

その時代の変化に対応できる、フレキシブルな広い意味での建築素材を提供して、住民の自己決定に対して技で応えるのが建築家の仕事だと思うのですが。

も/あ

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