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アコースティックシティ

アコースティックとは電気的増幅をしない生楽器による演奏を示す言葉だが、少し意味を広げて自然な音、ナチュラルサウンドを示す事もある。

どこかのまちが、アコースティックをテーマにまちづくりをしたら、自分が住みたい。

アコースティックギターでも分かるように、アコースティックは「木」と結びつく。木の楽器、ギター、バイオリン、リコーダ、チェンバロ・・・そんな人間の身体性に直結するような音がイメージされる。

究極のアコースティックは人の声だろう。日本の声明、グレゴリア聖歌、世界中の合唱。ジェゴク、ガムラン、様々な民俗音楽も基本的にアコースティックだ。

これからの時代に、劇場ではどんな音楽やパフォーマンスが求められるのだろう。大型の音響システムを漬かった大がかりなPOPS系の音楽、派手な照明や装置を使った演劇・・・公演が巨大化すれば、スクリーンを通じて歌い手を見る・・そんな形になる。巨大な群衆が集い「同時」を共有する事は、多分永遠に求められるのだろうが、サウンドや映像技術がさらに高度化して、通信機能がさらに発達すれば、お茶の間で、双方向に巨大なコンサートの疑似体験できる・・なんて事が進むだろう。そうなれば、スタジオと各家庭の巨大映像装置があれば、電子増幅を利用するものは劇場を必要としなくなる。

そんな中でも、永遠に人が求めるのは人間の身体性だろう。生の声、職人の手技と演奏者の肉体生が作り上げるアコースティックな音楽、演劇はすたれる事はないだろう。さらに虫の音、風の音、波の音・・・自然の音と響き合っていくアコースティックな音は、人間の本能に響くものだろう。

普段は、電子楽器を利用しているアーティストの中でも、電子増幅を使わない、人工照明を使わないコンサートにあえて挑戦している。いつもは大きな会場で巨大パフォーマンスを演じているアーティストでも、あえて、自分の音楽の精髄を磨き上げるために、地方の小さなホールで、少人数でのコンサートに挑戦している。また、地域で○○さんを呼びたい・・との熱意が集まった所に出かけていきたいとのアーティストもいる。


そんな挑戦には響きの適切なホールと、質の高い聴衆と、静かで豊かな自然環境が必要だ。アコースティックには静けさと落ち着きが基盤として必要で、おちつきのある静かなまちづくりがの上に成立する。

やがて、楽器の製造の職人、伝統楽器の職人たちも集まってくるようなまち。まちの人々が、生き方を自然の方向に向けて、樹木に取り囲まれたまちづくりをして、木の家並み、ほのかな光の中で暮らし、手作りの産物をみなで楽しむ・・そんな町の環境の中で耳を研ぎ澄まして聞くコンサートも楽しむ・・・そんなイメージがアコースティックシティである。そんなまちで生涯の最後を暮らしたいと思う。

大コンサートは大都市の大規模劇場に任せて、地方の都市は、何かのコンセプトをひとつ採用して他と差別化をしないといけない。民俗音楽のまち、ジャズのまち、オーケストラのある1000人のまち、村の全員が合唱団・・、70年代の町、カントリー音楽のまち、町中落語と笑いのまち・・・コンセプトはいろいろありえるだろうが、「アコースティックシティ」をコンセプトにできる町は、日本のどこにあるだろううか。

信州の森と木に囲まれたまちだろうか。でも森も海も川もあって、生音の楽しむ文化伝統のある所、そんな気のあるアーティストが気落に来られるまち・・・小田原はどうだろうか。できそうな気と、無理そうな気が半々である。

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