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小田原市自治基本条例研究1 補完性の原理

本年1月1日より小田原市では自治基本条例が施行されました。昨年度まで2年間に渡り、自治基本条例検討委員会市民委員として制定に関わった経緯から、この条例について解説と意見を順次、この場で発表させて頂きます。

系統的ではなく、思いついた項目から、随時解説と意見を書いていきますので、御意見などコメントください。

第一回は、5条の (市民の役割) についてです。条例はこうなっています。


条例
(市民の役割)
第5条 市民は、まちづくりに参加する権利を生かすため、自らの行動に責任を持ち、それぞれの持つ力及び費やすことができる時間を使い、自発的にまちづくりに関与するよう努めるものとする。

それに対して素案ではこうなっています。


素案
第5条 市民は、まちづくりに参加する権利を生かすために、自らの行動に責任を持ち、それぞれの持つ力及び費やすことができる時間を使い、自発的にまちづくりに関わるよう努めるものとする。

2 市民は、自治の担い手として自ら解決すべき課題については、自ら解決するよう
努めるものとする。

較べて頂いて、お分かりのように第2項が条例では削除されています。素案として全市民に公開して意見を求めた後に、条例案がつくられましたが、その段階で削除されています。

素案のさらに前の段階の「骨子案」では次のようになっています。素案、条例案は行政の案ですが、骨子案は検討委員会としての「市民案」とおおよそ考えてください。

骨子案
(市民の権利と役割)
2-2:市民は、まちづくりに参加する権利を活かすために、それぞれの持てる力や時間を使って、自らの行動に責任を持ちつつ、自発的にまちづくりに関わることに努めます。

2-3:市民は、小田原市の自治を支える当事者として、自ら解決すべき課題は自ら解決することに努めます。

2-4:市民は、自ら解決できないような課題に取り組んでいる地域活動や市民活動を、応援していくことに努めます。

最終の条例案で削除された事項は「補完性の原理」と呼ばれるものです。

ウィキペディア

補完性の原理は、自治をできるだけ小さな単位で行い、それではできない事だけを大きな単位で行うべきと言う考えです。

市町村で出来る事は市町村で行い、どうしても出来ない大きな事は県や国で行う・・そんな地方自治の原理になります。 地方分権の原理にもなっています。

さらに、細かい単位、家庭で出来る事は家庭で、それで出来ない事は地域で、それでも出来ない事は市町村でといった市民自治の原理にもなります。

最終的は個人や小さな市民団体など小さなグループで行える事は、自ら行うと言う個人の力を重んじる基本的な考え方につながります。

この条項が削除された時点で、小田原市基本条例は、存在意義を大きく減じています。検討委員会の長い議論が、なんだっのか・・そんな思いすらありました。

この条項が残ったら、小田原市自治基本条例は、それなりの評価を受けたのではないでしょうか。

素案にあった項目が条例案で削除されたのは、素案に対するパブリックコメントによるものとされていますが、意見でこの項について明確に反対している意見はなく、次のような質問だけでした。


市民意見 →「自ら解決すべき課題」とは、具体的に は何を指しているのか。

市の考え → 第 5 条第 2 項は、「自分で解決できることは自分で解決に努 め、自分で解決できないことは、その内容に応じて、地域活 動や市民活動、あるいは、市・県・国によって支える」という 趣旨を規定したものです。「自ら解決すべき課題」とは、例え ば身の回りで発生する個人で解決することができる問題を 想定していますが、自明のことでもあり、この条項は見直しま す。

との事だけで、見直して削除されています。
意見とそれに対する市の考え

自明と事であるから、見直しして削除すると言うことなら、この項は1項の解釈として当然生きているという事でしょうか。自ら解決すべき課題を、身の回りで発生する個人では解決する事ができる問題・・と矮小化してしまっては、自治の基本哲学を失う事になります。

推測にしか過ぎませんが、この条項が「行政がやるべき事を市民に押しつける・・」、そんな意図にとられかねないから削除すると言った思惑が働いたのでしょうか。検討委員個人としては知りようもありませんが、長い議論をないがしろにされた感を持ちます。

小田原市では近年、「地域別計画」とか「地域コミュニティ」などが推進されていますが、市政をより小さな単位に任せていくと言う動きの基礎に、この条項はなった筈です。

この条項が、行政がすべき事を市民に押しつけるとか、市の責務を放棄する・・・等と捉えるとしたら、まだ市民社会への意識が未成熟と言われて仕方がないかも知れません。

「補完性の原理」は市民の権利の保障と同等の概念です。より小さな単位が、大きな単位に支配されない、個人を圧政や公の怠慢などから救うための権利保障と考えるべきです。

また、自分達で努力しても出来ない事は、より大きな単位である行政に委託できるという権利保障にもつながります。この条項がある事により、市民と行政の関係が明確になり、市民による行政への委託宣言にもなりえたと考えられます。

また、「骨子案」では、さらに 2-4 に 市民は、自ら解決できないような課題に取り組んでいる地域活動や市民活動を、応援していくことに努めます。とありますが、行政に委託するとともに、市民自らが地域活動や市民活動を「応援」するとあります。これは「相互扶助」「民と民の関係」によって問題解決をすると言う方向も示しています。

大きな災害時など日本人は相互扶助により困難を乗り越えたとして各国から評価されました。そのような地域の力や民と民の相互扶助の社会システムをより進めていく条項になった筈です。


補完性の原理については、また書きたいと思いますが、市民による検討委員会のこの条項が削除された時点で、市民による自治への委託と言う自治基本条例の骨格が失われたと、一委員として考えています。

法は法・・ですので、議会によって承認された条例は市民として受け止め、その趣旨を活かしていくべきと考えます。また同時に、見直し条項のあるこの条例ですから、将来の改正に向けて議論を始めていいきたいと考えます。 みなさんの御意見をコメントして頂ければ幸いです。
           
                         元 自治基本条例検討委員 森谷昭一


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コメント

 貴兄ら大勢の委員の長い期間の「検討作業」には、素直に敬意を表しますが、未だにこの条例の制定が、市民自治の現実に反映されているのか、あるいは反映されて行くのか、きわめて疑問に思っています。
 特に「地域自治」を小田原市はどう理解しているのでしょうか。「地域運営協議会」「職員の地域担当制」などを掲げた問題意識はどうなったのでしょうか。
 2-3,2-4は、2-2を支える分かり易い前提ですが、小田原市企画部の「法制」意識では「踏み出し」と判断したのでしょうね。
貴兄たち検討委員は、この制定に大きく関わっていられますので、今後も継続して「自治基本」を強く問いつづけてください。

投稿: smat | 2012年1月 9日 (月) 09時52分

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