知識の階層性・体系性

「大きな知識単位」と「小さな知識単位」との関係を先にのべました。大きな知識単位も、より大きな知識単位の中で意味をもつ事が普通です。


 どんな知識も、より大きな知識の中の要素として意味をもち、それは順次大きな結合をしていきます。このような知識の連関を「知識の体系性」と呼びます。すると、知識は体系性がなくては、知識は成立しない事にもなります。

 音→単語→文節→文 と要素が集まり、知識単位ができ、それはまた要素として、より大きな単位の中で結びついていきます。このように「まとまりがまとまりを作っている」ことを「階層性」と言います。知識には階層性があるのです。

 まとまりがまとまりをつくる。そのまとまりはまたまとまりをつくる・・・この連鎖状態から思いつく疑問があります。「知識のまとまりの最高位になるものは何か?」という疑問です。

この疑問に対して、「そのようなものは存在せず、循環してしまう。」とか、「いくつかの断片になる。」とか、いろいろな説があります。このような事を考える事は、知識全体としての形について考える事は、「知識の構造」について考察する事になるのです。

知識の体系性、知識の構造と言う言葉が出てきました。ふたつの用語は知識に関する諸問題を考察する時に、大切なツールとなります。

対立性の知識単位

【対立性の知識単位】

 対となる事により意味が成立することがあります。例えば、社会における「二項対立」などがそうです。

一例として、過去の不良少年・少女の服装や格好の歴史をたどってみてください。

真面目、品行方正少女の格好が、膝下10センチ・紺の靴下だとします。「不良少女」の格好は、ミニスカート・ルーズソックスという事にしましょう。

さて、日本中がミニスカート・ルーズソックスになったとすると、「不良少女達希望者」はどうするでしょうか。多分、スカートを長くしたり、靴下なしの裸足で歩くかもしれません。確かに35年程前の不良少女達はロングスカートにしてしていました。

 品行方正少女があるから、不良少女があるのであって、みんなが不良になれは、品行方正という意味は成立しません。このような意味を成立させるのが二項対立で。二項対立は、社会のさまざな場に配置されています。右翼があるから左翼があり、革新があるから保守がある。単独では意味が成立しません。

健康とは何かと定義を考えようとすると、「病気ではないこと。」としか答えられないことがあります。

「トーテミズム」と言う人類学の概念があります。特定の部族が特定の動物の名で意味づけられる現象です。他にも凶と吉、陰と陽、聖と俗、のように対立する事によってはじめて、社会的存在が意味をもつ概念がたくさんあります。概念の対立なしに社会では意味や存在が成立しないとも考えられます。

知識の成立には、要素が組み合わせによると先に述べましたが、二項対立を考えると、逆に対立によって部分要素が生み出されるとも考えられます。

組み合わせ、あるいは「結合」によって知識は生まれるとともに、対立という大きな知識単位が、要素と言う小さな知識単位を生み出すとも考えられます。

ふたつの可能性をまとめると、「大きな知識単位と、小さな知識単位との関係によって知識が成立する。」との知識の法則が成立する事になります。

単純な設定からの出発  知識の単位

では、知識学を単純な設定から出発してみましょう。それは

 「知識は、『まとまる』ことにより成立する。」

と言う原理です。これを「知識の単位性」と呼んでおきます。説明します。一例として、言語について考えます。

【言語の知識単位】

 言葉が「意味」をもつには、何かが「組み合わさる」ことが必要です。

  「あ」  とういう音と、 「い」と言う音が組み合わさり 

  「あい」  という単語ができます。

  愛なり藍なりの意味がそれに乗せられます。

 「私は」という主語と、 「ソバが好きです。」
   という述語が組み合わさり
  
  「私は、ソバが好きです。」という文かつくられ、
    意味が割り当てらます。

 このように言葉の世界では、音や単語や文節などの「部品」が組み合わさる事により、ひとつの「意味」が生じます。知識が生じる、情報が生まれると言っても良いでしょう。

知識を成立させる部品にあたるものを「知識構成要素」と呼んでおきます。「要素」と簡略して呼ぶ事もあります。「要素」の組み合わせによって生まれるものが「知識」あるいは「情報」です。

言語において「要素」になるものとしては、音、音韻、単語、句、文節、文、・・など様々なものがあります。

知識学の歴史と再出発

 知識単位学の意義

現代は、混迷の時代です。環境や紛争などの危機的な状況と、安逸な幸福享受が混在しています。

このような状況は、歴史の中では何度も繰り返されてきました。それを乗り越えて来たのは、先駆的な哲学や思想家達でした。

社会の混乱と時代の混迷と、大きなスケールで思考する思想家の出現は、いつも組み合わさって来ました。



 思想家達は、それまでに積み重ねられた哲学的成果を継承すると共に、それらを破壊して、なにか単純な原理に立ち戻って再出発しています。



 現代の諸問題を解決しようとすると、その分析のために過去の膨大な思想の積み重ねに取り組まなければならない事も確かです。でも、多くの学者が、その過程で、問題の膨大さに圧倒され、目的を失い右往左往している状態ではないでしょうか。

 過去の思想の分析に終わっては解決へ踏み出せません。

時代混迷を乗り越えるたには、未来の夢を語る事が大切と思って、夢見る事を試みたとしましょう。

でも、夢見る事が、独断的な世界を作り閉鎖集団の狂信になるか、閉ざされた内面世界の病者になる運命に取り込まれるのか。現代のより深い問題です。

 何か単純な事から、知識学を再出発させる必要があるようです。そのような試みが閉鎖的な独断に陥らず、夢想にも終わらず現実的な諸技術への正しい指針となっていけるように、新しい知識学を構築していくのがここでの論の目的です。より根源的な問題、「永遠の相の下に」おいて知識について考えていきます。

もっとも対話の困難な人間の組合せは・・

ある問題設定をしてみましょう。

「世界で、もっともかけ離れていて対話の困難な人間は誰と誰か・・」

いろいろ考える事ができます。例えば、

 △渋谷あたりに出没する女子高校生と、ソマリアで活動する男性兵士

 △日本のある暴力団老幹部と、東南アジアのある国で民主化運動をしている若き女性

などはどうでしょう。

彼らの間には、民族、言語、年代、男女、文化、宗教、心情、心理、思想・・・さまざまな断層があります。もし、何かの偶然でそのような人物がどうしても全人格的な交流をせざるを得ない状況になったとして、ふたりはいったいどのような手段で、どのうよな対話をしていくでしょうか。断絶のままでしょうか。それとも「同じ人間として」奇妙な一致をみるのでしょうか。


このような課題設定に答える事が出来れば、それは現代の諸問題の解決の糸口になる事でしょう。

読者のみなさんは、世界で自分から一番遠い存在の人間は誰だと思いますか。また逆に一番、全人的に対話の可能な人間は誰ですか。

そんな事を考えてみると、人と人のの「距離」、「近しさ」「情報交換の可能性」など知識の課題、情報の課題に出発する事になります。


断絶はなぜ起きるのか

社会において「断絶」が叫ばれています。「若者は理解出来ない。」、「○○○のやつらは分からない。」断絶が様々な分野で増えています。現代は、年代、地域集団、思想集団・・細分された「趣味を同じくする小集団」の中でのみ会話が成立して、それ以外との対話が断ち切れれていると言われています。

 例えば、教育の現場。「授業が成立しない」つまり知識伝達の場が成立していない。知識を求める側と、送り出す側が断絶に近いほど離れてしまいっている現実があります。

 教師と生徒、政治家と選挙民、消費者と生産者、行政と市民、犯罪被害者と加害者、医師と患者、親と子、・・・あらゆる場で知識交流の停滞や断絶が、社会問題の根源となっています。

 古くから存在して来た断絶として、民族と民族、宗教と宗教、国家と国家、年代階層、男女、右翼・左翼といった政治集団、暴力的な犯罪組織と善良な市民・・・・など限りなくあげる事ができます。そのよう差異を生み出す社会のありかた、そのものが問われているとも言えます。

 わずかに例示でも、それらの難問の基底に横たわる共通課題が「知識」に関連する事だと分かるでしょう。「情報化社会」「男女・職業・人種・等の差別」「医療倫理・生物倫理」「環境倫理」「種々の精神病理」などでの難問(アポリア)の根源にも知識の問題が絡みます。現代の諸問題が知識の問題に還元できるかも知れません。

どうして、断絶がおきるのか。そもそも断絶とは何か。その解決手段はあるのか。これらが知識単位学の出発となる課題意識のひとつです。

知識単位学とは何か

 知識単位学は論者「森谷昭一」がライフワークとして取り組んでいる学問です。既成の学問としては「哲学」特に「知識論」が近いものですが、旧来の哲学にはとらわれず、「全体知」・・「すべてを知る」試みのひとつです。


 断片的な考察を少しずつ積み重ねながら、少しずつ世界を知る「原理」をみつけていく試みをしていきます。

カテゴリーとして次のものを設定してあります。


○ 課題意識・・・日常的な課題から始めて、その底に横たわる原理的な課題へと進んでいきます。

○ 原理 ・・・・課題を統合的に考察できる「原理」を設定してみます。

○ 既存研究・・・過去の研究、先行研究など先達の業績を紹介・引用します。

○ 応用・・・・・現代的な課題に、知識単位学を応用したらどんな事ができるかの試みです。

○ 分野研究・・・既存の学問の課題を知識単位学で考えてみます。
         教育、図書館学、情報学、社会学、法学、環境学・・・

○ 日々の暮らし・・日々の暮らしで、ちょっと考える知識単位学です。知識単位エッセイ・・・